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高血圧性網膜症
医)清瞭会吉本眼科医院 院長 吉本 弘志
高血圧性網膜症、少しきき慣れない病名かもしれません。しかし、最近注目されている生活習慣病関連の検診などで、眼底検査を経験された方は多いのではないでしょうか。そんな検査で、「眼底の血管にも高血圧の影響がでています」と、いわれた方も少なくはないはずです。
これは、眼底の血管すなわち網膜血管が、直接目で見ることのできる体内唯一の血管系であることから、眼底検査の結果が、高血圧症などの診断や治療にも広く利用されているからなのです。
ところで、表題の高血圧性網膜症は重症の高血圧症にかぎってみられ、高血圧の治療が即刻必要であることを示す重要なサインと考えられています。そこでこの一文では、高血圧性網膜症の症状から経過や治療などを中心にお話しようと思います。
網膜血管と高血圧症の関係を理解していただくには、なぜ血圧が高くなってしまうのかを考えておく必要があります。
人の生命は、全身をめぐる血液によって維持されています。血液は一定の血圧によって流れているのですが、それを調節しているのが、ポンプ役の心臓から送りだされる血液の量と、その血液が血管を流れるときの流れに対する抵抗力(末梢血管抵抗)の2つです。いいかえれば、心臓が強く働いて多量の血液が送りだされたり、末梢血管が細くなって血液が流れにくくなったりすれば血圧は上がり、逆の場合は血圧が下がってしまいます。
このような心臓の働きや血管の太さなどの調節は、自律神経や腎臓、ある種のホルモンなどによって総合的に行われているのですが、なんらかの原因で血圧が上がる方向に調節が狂うと、血圧が高くなってしまうのです。
では、眼底の血管を見て何がわかるのでしょうか。網膜動脈は抵抗血管=細動脈の代表です。しかも、じかに見ることによって、それが太いか細いかは直ちに判断できます。少しまぶしいのさえ我慢すれば、眼底検査で網膜血管を見ることによって、血圧が上がってしまう重要な原因の1つをある程度まで判定できるのです。
血管には、動脈、毛細血管、静脈の3種類があります。このうち、血圧の維持や調節に必要な末梢血管抵抗の主役が動脈です。それも大動脈のような大型の動脈(容量血管)ではなく、目の網膜動脈のように小型で管の直径もミリ単位以下の末梢動脈(抵抗血管=細動脈)が主役になります。
これらの抵抗血管は、その壁の中にコイル状に巻きついた格好の細長い筋肉細胞の集団を一層から数層もっています。このコイル状の筋肉層(中膜平滑筋層)は、自律神経や腎臓からでるホルモンなどに支配されており、その指令でギュッと縮んだり、逆にゆるんだりして血管を細くしたり広げたりしているというわけです。
ですが、なんらかの理由で筋肉を縮める方に働く自律神経(交感神経)が優位になったりすると、抵抗血管は縮みっぱなしになり、血圧も高いままになってしまうのです。
しかもそんな状態が長く続けば、筋層自体がこわれて、血管は細いまま傷跡のように硬くなってしまいます。みなさんもよくご存じの動脈硬化という病気の一部は、このような中膜平滑筋層のひどい荒廃が正体なのです。
ここで1つ問題が生じます。網膜だけではなく、全身に存在する抵抗血管の筋肉が縮んで血圧を上昇させている状態は、眼底検査で網膜の細動脈が細いことでわかるのですが、ただまんぜんと血管が細いか太いかだけを診ていたのでは大切なことを見落としかねません。もう縮む能力さえなくなった細動脈硬化のひどい血管もまた、血管が細くなって見えるのです。
ですが、抵抗血管の筋肉が縮んで管腔が狭くなっている(機能的狭細)のか、細動脈硬化がひどいために細く見える(器質的狭細)のかということは、眼科の専門医ならすぐに判定できますからご安心ください。
なぜこんな専門的なことをいうかといえば、抵抗血管の狭細が機能的か器質的か、すなわち筋肉が縮んでいるのか硬化してしまったのかは、高血圧の治療に大きな影響を及ぼすからなのです。
結論だけ述べますと、ただ血管の筋肉が縮んでいるだけの高血圧症ならば治療は比較的楽ですが、細動脈硬化が主体の場合はかなり専門的な治療が必要になります。すなわち、高血圧は早期発見と早期治療がより大切というわけです。
高血圧性網膜症は、いままで述べてきた高血圧を引き起こす抵抗血管の収縮が、極限状態になってしまったこと(血管痙縮性網膜症)に他なりません。
このような状態になると、網膜の細動脈の下流にあり、組織の呼吸や栄養をつかさどっている大切な毛細血管が、血液不足におちいってつまったり破れたりし、さらに下流の静脈系の血管にもほぼ同様の変化が現れてしまいます。その結果、小梗塞や出血やむくみが起こり、人一倍に酸素やエネルギーの必要な神経組織である網膜はたちまち機能障害を起こし、場合によっては部分的に壊死してしまう箇所さえできてしまいます。
しかも、このような障害はなにも網膜に限ったことではありません。なぜかといえば、私たち哺乳類の毛細血管は4種類あり、脳と網膜の血管だけが特別な構造でもっとも丈夫であるとわかっているからです。だとすれば、毛細血管があまり丈夫でない他の組織で起きていることは、もっと凄まじくて当然でしょう。文字通り生命の危機、これが下の眼底写真で実際にお見せする高血圧性網膜症の意味であると考えてさしつかえありません。
42歳と27歳の男性例
いずれも最大血圧が200を超えていた方の右眼底写真です。線のような白い濁りは小梗塞巣、点状の濁りは血管から汁が滲みだした滲出斑です。ですが、本当の問題は、うっかりすれば見落としてしまうまでに細い細動脈(矢印)なのです。
ですがご安心ください。以前は、たとえ医師の診断治療を受けても、このような網膜症を引き起こす重症な高血圧症の場合、生命の保証さえも万全とはいえませんでした。しかし現在では、状況が全くちがいます。精密な検査で原因が確定できた二次性高血圧症ならば、その原因疾患の治療をすれば、また原因が特定できない本態性高血圧症であっても、血圧の適正なコントロールでほぼ完全に治せるようになりました。
治療経過を、蛍光眼底検査という特殊な眼底検査を用いて撮った下の写真でごらんください。治療後の網膜細動脈が太くなって水漏れもとまり、血液が十分にまわって全体が明るくなっている様子がおわかりいただけると思います。
ですから問題はむしろ、網膜症による視力障害やなんらかの全身症状をともなう重症の高血圧症よりも、自覚症状があまりない中位の症状の高血圧症や、それより少し程度が重いくらいの高血圧症かもしれません。確実に動脈硬化へ進行する危険をなくすためにも、健康診断などでの眼底検査はすすんで受けてください。
血圧がコントロールされてくるに従って、高血圧性網膜症が確実に治っていく状態を示しました。
治療を始めてから血圧が安定した半年後には、白いもやの様に見える血管からの水漏れも完全に止まり、きれいな網膜に戻っています。
結論から先にいいますと、たとえ先に図でお示ししたようなかなりの重症例でも、高血圧性網膜症に対しての眼科的な治療はいりません。ただ例外は、何らかの理由で高血圧症の治療が遅れたり、中断されたりして、網膜血管や、網膜自体にも広い範囲で障害が起きてしまったような場合です。
このような患者さんには、まず先にご説明しました蛍光眼底撮影の検査が行われます。そして、血液の供給が不十分な領域が網膜に広くみられたり、むくみや出血があまりにひどいとわかった場合にのみ、糖尿病網膜症と同様の光凝固術という治療が行われます。
すなわち、重症の高血圧が放置され、いわゆる細動脈硬化性網膜症といわれるようなごく末期の方以外は、たとえ一時的に視力の低下があったとしても、眼科医の検査をきちんと受けていさえすれば、そんなに心配はいりません。
この答えはきわめて簡単です。治療薬の革命的な進歩と、社会的な認識が、この数十年で良いほうに一変してしまったからなのです。命の危険さえある脳卒中や心筋梗塞などの病気が、高血圧症と深いかかわりをもっていることは、現在の日本では常識となっています。では治療の進歩はといいますと、抵抗血管をリラックスさせる安全な薬が数多く開発され、速やかに普及したことがあげられます。しかもこれらの薬は、多くの場合、1日3回ではなく1回の服用ですむ長期持続型になっているのです。
その代表格は、腎臓からだされるホルモン(レニン)をきっかけにつくられた、アンギオテンシン(強力に血管を収縮させる作用がある)を働かせなくする系列の薬と、血管の筋肉に直接作用して管腔を広げるカルシウム拮抗薬系の2つです。さらに、もう1つの血圧を上げる原因である心臓の働きすぎをおさえる薬も、さまざまに進歩改良されています。
たとえ予期せぬ副作用がでたとしても、多様な薬物が選択できる現在、医師と患者さんとの相互協力と信頼関係があれば、治療の道は必ずひらかれます。
高血圧の治療は確かに大きく進歩していますが、問題のすべてが解決したわけではありません。もっとも多い《本態性高血圧症》は原因不明の高血圧という意味なので、完全に治すことはできないのです。しかし血圧の上昇を薬でおさえることはできるので、むやみに薬を中断しないことが大切です。勝手に服薬をやめると血圧はすぐに以前の状態に戻り、悪くすればそれまでの反動でより重症になることさえ珍しくありません。
処方された薬は、医師の指示どうり、定期的に持続して服用しなければなりませんが、一方で、薬の長期連用はやっかいな副作用を引き起こしやすいという問題があります。ではどうしたらよいでしょうか。医療薬品である以上、漢方薬も含めてすべての人に副作用のない薬はありえません。ですが、その頻度は多くても5%未満なので、数ある降圧剤のなかから体質に合った薬を探すことは、それほど困難ではありません。
そのうえで副作用と思われる症状がでたら、ささいなことでも主治医に伝えて説明を受けるといった自己管理の努力が、より安全な医療を受ける近道です。
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絵 大内 秀
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