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白内障手術と眼内レンズ 眼内レンズを上手に選ぶために
筑波大学眼科教授 大鹿 哲郎
(2018年05月30日発行、2020年12月07日改訂)
白内障は、年齢と共に、どなたにでも発症する病気です。また白内障の手術は、日本で年間に約160万件が行われており、すべての外科手術の中で最も多く行われている、いわば身近な手術となっています。
白内障の手術は年々進化し、とても安全で結果の良い手術になっています。白内障手術では、ほぼ全例で眼内レンズが使用されます。数年前までは、眼内レンズにはそれ程種類はなく、どの眼内レンズを選択すればよいのか、あまり考える必要はありませんでした。
近年、いろいろな種類の眼内レンズが利用可能になりました。単焦点眼内レンズに加えて、多焦点眼内レンズ、乱視矯正眼内レンズなどです。どの種類のレンズを選ぶか、そして単焦点眼内レンズならどこにピントを合わせるのか、多焦点眼内レンズの場合はいくつかタイプがあるうちのどれを選ぶのか、患者さんご自分で決めて頂かなくてはいけません。そのためには、眼内レンズの種類とそれぞれの特徴について良く知って頂く必要があります。
本冊子によって、白内障手術と眼内レンズの選択についての理解を深めて頂ければ幸いです。
筑波大学眼科教授
大鹿哲郎
目の中には水晶体といって、カメラのレンズに相当する部分があります。正常な水晶体は透明で、外から目の中に入ってきた光を屈折し、網膜にピントを合わせる役割をもっています。
この水晶体が濁ってきてしまい、透明ではなくなった状態を白内障といいます。 年齢(加齢)が原因であることがほとんどですが、他にステロイド薬など薬によるものや、アトピー性皮膚炎に伴うもの、目の病気に併発するものなどもあります。
眼の構造
白内障の症状は、目がぼやける、かすむというものが代表的ですが、他にも明るいところでまぶしい、メガネの度数が合わない、細かいものが見えない、ものがだぶって見える、などの症状が出ることもあります。白内障かどうかは、ご本人の自覚症状からだけでは判断できません。他の病気が隠れていることもあります。見え方がおかしいなと感じたら、一度眼科を受診して、しっかりと検査をしてもらって下さい。
白内障は薬では治りません。進行した白内障を治療する方法は、手術しかありません。では、いつ手術を受けたらよいのでしょうか。 白内障は手遅れになる病気ではないので、急いで手術を受ける必要はありません。視力がいくつまで低下したから手術を受けなければいけない、ということもありません。 ご本人が生活上、不便を感じるようになったときが、手術を受ける時期になります。これは、お一人お一人の生活パターンによって異なってきます。細かいものを見ることが多い方や、車を運転する機会が多い方は、早めに手術を受けられるとよいでしょう。逆に、部屋の中で過ごすことが多く、あまり細かい字などを読んだりすることがない方は、手術を急ぐ必要はありません。 検査したときの視力結果が良くても、実は屋外ではまぶしくて見づらいとか、ものがだぶってしまい生活に支障がある、といったこともあります。たとえ視力が良くても何らかの不自由を感じておられるのなら、眼科で相談してください。
水晶体は網膜にピントを合わせる役割を持っていますので、手術で水晶体を取り除いてしまうと、そのままではピントが合わなくなってしまいます。昔は、手術の後に分厚いメガネやコンタクトレンズを使うことによって、ピントを合わせていました。しかし、分厚いメガネやコンタクトレンズは不便なので、最近はその代わりに眼内レンズが使われています。
白内障手術では、水晶体の中身だけを取り除き、周りのカプセル状の膜(水晶体嚢のうといいます)を残します。このカプセルの中に眼内レンズを入れて、固定します。
眼内レンズはいつまでもつのですか、と聞かれることが時にありますが、よほどのことがない限り、いったん目の中に入れた眼内レンズを取り出したり入れ換えたりすることはありません。先天白内障の小さいお子さんに手術をするときにも、眼内レンズは適応として認められています。眼内レンズの寿命は人間の寿命より長いと考えられています。
眼内レンズを取り出すのは、度数が合わなかったとき、見え方がどうしても合わないとき、眼内レンズの位置がズレてしまったときなどですが、こういったケースは非常に稀です。
素材として、硬いものと柔らかいものの2 種類があります。硬いものはPMMA と呼ばれるアクリル樹脂で、柔らかいものにはアクリル系とシリコーン系の2 種類があります。
現在最もよく使われているのは、柔らかいアクリル系の素材からできた眼内レンズです。眼内レンズの直径は6mm ですが、柔らかい素材であるために折り畳んで目の中に挿入することができるので、2 ~ 3mm の傷口で手術を行うことができます。傷口が小さい方が、目に対して優しい手術になります。
白内障の手術
眼内レンズは機能の面から、単焦点眼内レンズと多焦点眼内レンズに大きく分かれます。
若いときの人間の目は、水晶体の厚さや形を変化させることによって、遠くから近くまでピントを合わせることができます。老眼になると、ピントを合わせる能力が衰えてきて、ピントを合わせづらくなり、最終的には一つの距離にしかピントが合わなくなります。
眼内レンズは、若い目の水晶体のように、目の中で厚さや形を変えることができません。ですので、白内障手術で水晶体を単焦点眼内レンズに取り替えると、老眼の状態と同じように、一つの距離にしかピントが合わなくなります。
若いときの水晶体のピント合わせ
それにたいして、多焦点眼内レンズは形状を工夫することにより、二つ以上の距離(遠方と近方、遠方と中間距離と近方など)にピントが合うようになっています。 単焦点眼内レンズの手術は保険診療で行うことができますが、多焦点眼内レンズは通常の保険診療ではなく、選定療養という制度で使用されています。後ほど詳しく説明します。
単焦点眼内レンズと多焦点眼内レンズ
一つの距離にピントを合わせる眼内レンズです。ピントを合わせたい距離を予め決めておき、手術を行います。ピントを合わせた距離以外のところは、メガネでピントを調整します。
●遠くをメガネ無しで見たい場合は、遠くの距離にピントの合う度数の眼内レンズを選び、手術をします。手元は裸眼では見えませんので、術後に老眼鏡を作って、近方にピントを合わせるようにします。
●近くをメガネ無しで見たい場合は、手元にピントの合う度数の眼内レンズを選び、手術をします。遠くは裸眼では見えませんので、術後にメガネ(近視のメガネと同じです)を作って、遠方にピントを合わせるようにします。
近くを見たいといっても、スマートフォンとコンピュータでは距離が違いますし、また患者さんによっては楽譜をハッキリ見たいとか、料理の時の手元をしっかり見たいというような方もおられます。手術前に、ご自身の希望をお伝え下さい。それに応じて眼内レンズの度数を調整します。
また、遠くをハッキリ見たいといっても、車の運転と、3m 先のテレビでは距離が違ってきます。やはりご自分の希望を手術前に決め、主治医にお伝え頂くことが大事です。
ただし、片眼だけ手術をするのか、両眼手術をするのかで、度数合わせが変わってくることがあります。片眼手術の場合は、手術をしない方の眼とのバランスが重要だからです。主治医の先生とよくご相談下さい。
単焦点眼内レンズのピント合わせ
近くを見る時にはピントが合う → 遠くを見る時にはピントが合わない
遠くを見る時にはピントが合う → 近くを見る時にはピントが合わない
多焦点眼内レンズでは、外から目に入ってきた光を距離別に振り分けることによって、二つ以上の距離にピントが合うようになっています。大きく分けて、二箇所にピントが合うもの(遠方と近方、遠方と中間距離など)、三箇所にピントが合うもの(遠方と中間距離と近方)があります。
●遠方というのは、5m より遠くのことです。
●中間距離は、60cmから1mくらいのことです。
●近方は手元の30~50cmのことです。どの距離に手元のピントを合わせるかによって、眼内レンズの選び方が変わってきます。ご本人の希望や生活のパターンを考えて決めて下さい。例えば、スマートフォンなどの細かい字を見たければ30cmを、コンピュータの作業が多ければ40cm の距離を選びます。
多焦点眼内レンズは、白内障手術後にあまりメガネを使いたくない方、メガネを掛けたり外したりしたくない方に向いています。ただし、手術後に全員がメガネを必要としなくなるわけではなく、約8~9 割の方がメガネ無しで生活されています。
このレンズには欠点もあります。単焦点眼内レンズが一箇所に焦点を合わせているのに対して、多焦点眼内レンズは複数の箇所に光を振り分けますので、見え方のシャープさが少し劣ります。とくに、暗いところでくっきり感がやや落ちます。また、暗い場所でライトを見ると、光の輪やまぶしさを感じることもあります。夜間の車の運転には注意が必要です。多焦点眼内レンズの見え方に慣れるまでに、手術後、しばらく時間がかかるといわれています。
単焦点眼内レンズ | 多焦点眼内レンズ |
---|---|
ピントを合わせたい距離を決めてそこだけにピントが合う。 それよりも遠くや近くはメガネでピントを調節。 |
2 つ以上の距離にピントが合う。 メガネはほとんど不要。 |
細かいものを見ることが多い人。パソコン作業など、一定の距離で見る仕事が多い人向き。 | 術後、メガネを使いたくない人。メガネを掛けたり外したりしたくない人向き。 |
多焦点眼内レンズの注意点
多焦点眼内レンズは誰にでも合うわけではありません。白内障以外の病気、例えば緑内障や網膜の病気がある方は、多焦点眼内レンズの適応になりません。また、非常に細かいものを見るような職業の方にも向いていません。しっかり検査を受けて、主治医とよく相談して下さい。
多焦点眼内レンズの手術は通常の健康保険でカバーされません。選定療養という枠組みで行われていますので、一部を患者さん本人に負担して頂く必要があります*。
多焦点眼内レンズは高価なレンズですが、値段が高いから良く見えるというものではりません。手術を受けてみたけれども、どうも合わなくて、単焦点眼内レンズに入れ換えるということもあります。目の状態やライフスタイルを考慮し、主治医の先生とよく相談して下さい。
* 通常の白内障手術の部分は健康保険で支払いされますが、それにプラスされる部分(多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズの差額など)を患者さんに負担して頂きます。負担額は病院や医院によって異なり、また眼内レンズの種類によって違ってきますが、15 ~ 30万円ほどです。
乱視を矯正する機能を持ったレンズで、トーリック眼内レンズといいます。単焦点のトーリック眼内レンズと、多焦点のトーリック眼内レンズがあります。
トーリック眼内レンズで乱視を矯正することによって、手術後の裸眼視力が良くなります。
単焦点のトーリック眼内レンズは健康保険でカバーされますので、通常の白内障手術の費用で手術を受けることができます。ただし、もともと乱視の無い方には必要の無いレンズです。トーリック眼内レンズの適応になるかどうかは、主治医の先生が判断されますので、患者さんはあまり気にする必要はありません。
白内障手術は濁った水晶体を取り除くことによって、曇っていた見え方を改善します。それに加えて、眼内レンズの種類や度数をきちんと選択することにより、元々あった近視を軽くしたり、ずっと悩んでいた乱視を治したりすることができます。つまり、白内障手術は「新しい目を手に入れるチャンス」ということができます。
メガネやコンタクトレンズと異なって、眼内レンズはいったん目の中に入れてしまえば簡単に取り替えることはできません。手術の前に目の状態をきちんと調べて、ご自分のライフスタイルにあった眼内レンズを選択して下さい。
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絵 清水 理江
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